つれづれ電影館『あ』行


....... 2001年02月記す .......

 
『アメリカン・ヒストリーX』
「憎しみとは耐えがたいほど重い荷物。怒りにまかせるには人生は短すぎる」

人は、なぜ憎みあうのか?その敵意はどこから生まれるのか? この重いテーマを、言葉だけでなく、アメリカの人種問題を真正面から扱い、真摯にぶつけてくる作品。重い。重いのだが、決して暗い映画ではない。その結末は、悲しいが暗闇に一筋の光がさしこむような美しさを感じる。広角を多く用いた、解放感のあるカメラワークや映像も素晴しい。はっきりした問題定義はあるが、ちゃんと美しくエンターテイメント(ハリウッド的な「面白さ」とは別物)な映画として成り立っているバランス感覚は稀ではないか。

父親が黒人に殺された事をきっかけに、白人至上主義のグループに加わった兄。そんな兄に憧れ、尊敬して同じ道を歩もうとする弟。スキンヘッドに入れ墨で演説を飛ばし、己のイデオロギーに自信をもっていた兄だが、3年の刑務所暮らしをへてすっかり変ってしまう。兄が出所した朝から、次の朝までの1日を弟の視線で捕えた物語である。随所に回想シーンをモノクロではさみ、現在にいたる軌跡を綴っていく。

最初はエドワード・ノートン演じる兄の、狂信的というよりはイってしまったその瞳に、そして偏見に満ちた演説や議論に、見ていて気持ち悪ささえ覚える。だが、万華鏡のように展開する、スリリングで圧倒的なストーリーの面白さに次第に引き込まれていった。最後の最後まで、我々観客が何処に連れていかれるのか気が抜けない。そして衝撃の結末。人の心がどう変ろうと、そこにはどうしようもない現実があるのだとつきつけられる。感動や涙などはないが、すぐには席を立てない重い余韻をひきずる。しかしそこには希望がほの見える。カラーによる人種の偏見などになじみの薄い日本人でも、沈黙してしまうほどのこの重さ、本国アメリカでは相当の問題作として話題を呼び議論となったらしい。

弟を演じるエドワード・ファーロングは、相変わらず人生の谷間でなにかを突き放して見つめるような役が似合っているし、うまい。(『リトル・オデッサ』や『アメリカン・ハート』など、好きな作品が多い。『T2』以降しばらくしょーもないアイドル映画が続いてどうなることかと思ったが。)
そういえばこんなに美しいモノクロシーンは久しぶりに見た気がする。写真集から抜け出たようなコントラストの美しさと豊かさは必見。思えば、これも「白」と「黒」の隠喩と取れるのかもしれない。

監督:トニー・ケイ。出演:エドワード・ノートン/エドワード・ファーロング/1998年アメリカ作品。




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