それは皆が正気を失うような猛暑。1977年、ニューヨーク。ブロンクスを44口径の銃を持った殺人鬼「サムの息子」が夜の街を徘徊し、無差別の連続殺人を繰り返していた。人々が疑心暗鬼とパニックに陥る中にも、それぞれの生き方や青春を謳歌する若者達がいた…。
事件自体は実話を元にしているが、そこから連想される連続殺人犯を追う物語ではない。(そうかと思って、私もソフトのパッケージに騙されたクチ(笑)。) 殺人鬼の騒ぎによって引き出される、心の奥底に眠る狂気や他者への迫害…こう書くとなんだか重いテーマの様だが、メインに描かれる男(ジョン・レグイザモ)があまりに弱気でしょーもなくもいとおしく(妻を溺愛しているがゆえに、ア○ルセックスを要求できず、他で浮気しちゃうような男…(笑))、ディスコにドライブと、70年代風俗と隈雑さを体現している連中が周りを彩っているせいで、ちょっと屈折した青春映画のようにも見てとれる。そんな彼等の中に、昔の仲間リッチー(エイドリアン・ブロディ)が帰ってくる。パンクルックに身を包んで。従来のモラルやイデオロギーに背を向ける、自由な精神としてのパンキーな生活に、周辺の仲間はなじめず、次第に離反していく。そんな中「サムの息子」はエスカレートを続け、住民が怯える中魔女狩りにも似た犯人探しが始まり、やり玉にあがったのがリッチーだった。 暑い暑い夜、街を大停電が襲い、パニックに陥った人々は略奪をはじめる。そしてリッチーの家に向かう昔の仲間達……!
実は監督は、殺人事件は結構どうでもよく、そういう中の人々の心理やNYの70年代の暑い狂気の夏こそを、描きたかったのだろうと思わされる。 タイトルやパッケージから受けるイメージと内容のギャップに、しばらくどう反応していいか分からず、大変感想を持ちにくかった(どう受け取ればいいのか混乱した)作品。実際の殺人事件を元に……というジャンルの中では実に不思議な切り口です。 作品NYなまりやスラングが飛び交う中で、UK英語を話すリッチーの異端さというのは、字幕では伝わらず、その点でも難しいなと思ったものです。私にもよくは分からないのですが、これは大阪弁を話すコミュニティーの中で、アナウンサー標準語を話すような異様さなんだそうですね。
監督のスパイク・リーは『マルコムX』など、アメリカン・アフリカン映画の代表的存在。これまでの作風からの脱皮とも思える、白人ポップスで始まりブラック・ムービーでもない本作だが、アメリカという社会全体のマイノリティ、<集団の中の異端>を描く視線は、やはり健在。
監督:スパイク・リー。出演:ジョン・レグイザモ/ミラ・ソルビーノ/エイドリアン・ブロディ/1999年アメリカ作品。
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