嘘か本当かは問題じゃない。
信じる事が大切なんだ。
『ビッグ・フィッシュ』や『スモーク』をちょっと思い出す作品でした。
邦題だとまるで『ぼくの夏休み』(PSゲーム)のような、人生を変えたひと夏の体験記のようですが、実際はウォルター少年にはもうちょっと大変な事情があります。
娼婦のような外見で、ふわふわと男に寄生していないと生きられない母を持つウォルター少年は、お金の為に今まで会った事もなかった2人の叔父の元に預けられます。
なぜお金の為か?それは嘘か本当か、この2人の叔父には大変な隠し財産があると言われているからなのです。
「彼らの財産を見つけ出すのよ、そして彼らのお気に入りになって、それを譲ってもらうのよ!家を買って私たちが幸せになるためなんだから頑張って!」
と、エゴむきだしの母のエールを残して、少年は、彼を決して歓迎していない叔父の元に残されます。
叔父さん達はとっくにわかってるんですね。自分達に寄ってくる人間が、全部財産目当てだと。だから誰も信じない。日々訪れるセールスマンに、銃をぶっぱなすだけが生きがいの日々。
そして、ここからはなんとなく予想どうりに進みます。叔父さん達のカッコイイ男の生き様に、憧れ馴染んでいく少年。少年の柔軟な視線に、丸くなっていく叔父さん達。
このままよくあるエピソードの羅列で、なんとなく感動もので終わるのかと思ったら、中盤から物語はちょっと不思議な展開を始めます。
ええ!?外人部隊?アラブの首長?お姫様?
叔父さん達の語る過去の武勇伝が、舞台っぽい薄っぺらい喜劇タッチで挿入されるのです。もちろん薄っぺらいのは、それを聞いている少年の脳内空想劇場という演出なのでしょう。
最初はただ面白いホラ話として、話半分で聞いている少年ですが、だんだんとそれを信じるようになります。なぜだろう。それは真実味という問題ではなく、おそらくは愛する叔父さん達の話だから?嘘だと切り捨てるより、信じる方が人生を豊かに楽しめるから?それとも。
ずっと仏張面だった少年が、生き生きと笑顔を見せだすのもそのあたりからです。
まるで母に捨てられるように預けられた少年は、今度は母を捨て成長し、叔父さん達をも成長させます。そして十年後。ここで物語はクルリと一周していい意味での予定調和な結末を迎えます。
素直に感動するか、安直で深みがないと見るか、とても微妙な作品だと思いました。正直私はそこそこいろんな映画を見てきたそれなりの年齢のオトナゆえに、<もう一押し欲しかった!>と思う所です。
…でも、出来れば歳若いうちに、柔軟なうちに、こういう作品を見て感動するのもいいと思うのです。こんな風にブツブツ言うようになる前に。決して子供向きだと言っている訳ではありません。むしろ価値観の判らなくなった大人にこそ薦めたい映画かもしれません。
ただ…ただ、語り過ぎてるんだよなあ。テーマを、全て言葉で。
原題は『Secondhand Lions』(中古のライオン)といい、途中で彼らの家にやってくるお払い箱の老ライオンの事を指していますが、それは2人の人生の目的をなくした叔父さん達の事でもあります。そして…これもとても判りやすく言葉で説明されています。ライオンの死に様を語る様子は、叔父さん達の死にフラグ(どうやって最後を迎えるのか)が容易に想像できる演出になっています。
大事なことは言葉にしなきゃいけない時もある。言葉で伝える事が大切な時もある。
でも、『スモーク』などが大好きな私は、なんだかもうちょっと含みが欲しいと、冷静に画面を見つめて思ってしまったのでした。
爽やかにするりと見終わる事が出来る作品ではあるのですけれど、それは一回でさらりと理解出来てしまい余韻や想像の余地を残さない、という事と紙一重なのです。
監督:ティム・マッキャンリーズ 出演:マイケル・ケイン/ロバート・デュバル/ハーレイ・ジョエル・オスメント 2003年米国作品
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